2016年4月13日(水)アユタヤデート/アントーンのソンクラーン

th Songkran

5連休が始まった。
早起きして、朝6時に車で出発。ラッカバーンのMちゃん家へ向かう。
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Mちゃんをピックアップした後、バンコクを南北に走る高速のうちの1本を北上。料金所でプチ渋滞にハマるも、出発が早かったため大抵順調。
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行き先はMちゃんのふるさとアントーンAng Thong県。でもその前に途中のアユタヤに寄り道。

のどかな一般道、道端にサイマイという糸状の砂糖菓子の屋台がいっぱい出ていた。アユタヤの名物らしい。
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アユタヤの遺跡群の中心地に近づく。停車中にふとよそ見をするとあんな遺跡がその辺にいっぱいあって結構感動した。
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まず来たのはワット・マハタート Wat Mahathat(もしくはワット・プラ・マハタート)。
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私は外国人料金を取られる。
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このような注意書きがあった。
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アユタヤの遺跡の仏像は古の戦でビルマ兵に首を落とされているものがほとんどだそう。
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そしてこのワット・マハタートで最も有名な仏頭が入り口のすぐ近くにあった。
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ここにも注意書きがあった。この仏頭より背を高くしてはいけないそうだ。
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そこでこんな風にしゃがんで写真を撮ることになる。
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普段あまり遺跡巡りなどはしない私も、この雰囲気には感動を覚えた。
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時が経った仏塔には草や木が根を下ろし、鳥の宿り場になっていた。
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ラピュタを思い出した。
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まだ9時前、ソンクラーン初日とはいえ外国人観光客でごった返すということもなかった。
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そうは言っても遺跡は一巡りすればおしまい。
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名前は忘れたが3色デザートを固めたアイスを食べる。ジャックフルーツの果肉が入っていて美味しかったけれど臭う。

少し引き返し、ワット・マハタート近くの象さんがたくさんいる場所に来た。
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Mちゃんがまだ象さんに乗ったことがないというのでお誘いした。タイ人料金は安い。
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櫓のようなところに案内されると私たちの象さんがやってきた。
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象さんの背中は硬くてごわごわしていて、背中は思ったより高く、また縦に揺れた。
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道路に出ると外国人観光客に写真を撮っていいか聞かれたり、通りすがりのバイクから水を掛けられたりした。
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水場に寄ってくれた。こういう時ほんとはチップ渡すんだろうか。Mちゃんがタイ語で話してくれるからいろいろ助かる。
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他の象さんも来た。ばっしゃばっしゃ水が掛かる。
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車道も歩く。
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黄色い花が咲き乱れるゾウ園(?)に帰ってきた。
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前のお客さんがチップを渡しているのを見たので、私も渡そうと財布を開けたら小額紙幣が50バーツしかなかった。でもそれを渡したお陰か、存分に記念撮影ができた。

水辺に出ていた屋台に寄る。
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10時のおやつにガイヤーン。
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さて、アユタヤの歴史的地区をちょっと南下。
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交差点にもさりげなくこんな仏塔があるアユタヤ素敵。
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15分ほど走り、やってきたのはここ。
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ソンクラーンで大勢の日本人がバンコクに来ているだろうが、ここは訪れる人もまばらでとても静かだった。JTBのバンが1台出て行くところだっただけ。

アユタヤと日本の歴史についての映像を見た後、続き部屋の小さなミュージアムへ。
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さっきから道端の屋台に積んであって気になっていたこの実。マンゴスチンのお化けかとMちゃんに尋ねて笑われた。
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ルークターンといい、ココナッツの仲間(ヤシの一種?)とのこと。

日本人町跡地の奥にはチャオプラヤ川が流れていて、小さなジェティがあった。
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今までで見た中でも最大に近い巨大なオオトカゲが私たちに気づいて逃げていった。

いつチャオプラヤに来ても遡上しているボートに曳かれた巨大なバージが、ここでもホテイアオイをかき分けて進む。
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洗濯ものが干してあり、炊事道具が見え、子供たちが遊んでいて、さながら動く家。
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もう一つのミュージアムへ。
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こちらでもムービーが観られる。山田長政をはじめとしてアユタヤにいた日本人のことが学べるらしい。
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この女性はタイの卵菓子の礎を築いた人だそうで、ポルトガル人や日本人の血を引くそうだ。
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王女様直筆の書があった。
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ミニ枯山水。
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竹やぶにリスがいた。
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小さな神社もあった。
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アユタヤを後にし、アントーンまではR32を一直線に北へ。
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他に逃げ道がないだけにちょっと渋滞したものの、わりとスムーズに1時間せずアントーン入り。
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アントーンも黄色い花盛り。
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Mちゃん家へは最後にこんな細道を入っていった。
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Mちゃん家は果樹農家で、実家は広い広い伝統家屋だった。
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高床式で、1階は壁がなく風が吹き抜ける。

豊かな実りがそこかしこに。
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タイ語で「ウサギ」ちゃんという名前のわんわんがいた。
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里帰りの娘とマロウドにどんどん出されるお菓子。どこの田舎も同じだなぁ。
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ロッチョンの白いバージョンのような、ココナッツぜんざいのようなお菓子はお母さんのお手製。
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さて。何をするでもなくのんびりしていると、Mちゃんにソンクラーンを見に行こうと言われた。
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この時は、村の行事でも見学に行くんだろうなくらいに思っていた。

川辺の道を行く。うだるような暑さは日本のお盆の頃を思い起こさせた。
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そこかしこが親戚の家のようで、一軒一軒声を掛けながら歩いていく。
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親戚のお宅到着。みんなそれぞれ世間話をしながら夕方を待つ。
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時計を直すおじさんたち。
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大量の茹でピーナッツが鍋にスタンバってた。
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Mちゃんがバンコクではお酒を(たまにね)飲んでいることをご両親に内緒にしていたことを知った。申し訳ないと思いつつ私だけいただいた。
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親族かき氷屋台。
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田舎ならではのコンサバさで、ビールを飲んでいる女性は少なかった。男性陣は順調に酔っぱらっていった。
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なんでも毎年、5家族合同でソンクラーンを行っているそうだ。会場はそのうちの3家族が持ち回り。

さて、午後5時になりみんな裏庭へ移動した。
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小さな仏さまが据えられた。

そして並べられた椅子に、おじいちゃんおばあちゃんが座った。
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一人ずつ、まずは仏さまにお水をかけていく。
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その後おじいちゃんおばあちゃんの手や肩に優しくお水を掛ける。
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そしてみんなで水掛け祭り。
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持っててよかった防水コンデジFinePix Z33WP。2009年発売の化石のようなコンデジだけれど、これまで旅の随所で活躍してくれている。とても頑丈。

お水の樽には花びらが浮かび、香水が混ぜてあった。Mちゃん曰く、伝統的な香水だそう。
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もちろん私も参戦し、文字通りずぶ濡れになった。こんなになることを想定していなかったので持ってきた服が一着少ないな・・・。

最後にみんなで写真を撮った。私が何人かの方のカメラや携帯を引き受け、もちろん自分のカメラでも撮らせてもらった。

私はタイ語もわからないし、タイの人は一見シャイだけれど、バンコクと違ってコンイープンコンイープンと珍しがってくれて、日本語の単語や英語でかまってくれたことが嬉しかった。簡単な単語しか言えなくても「Sanuk maak(とても楽しい)」などと言うととても喜んでもらえた。

ずぶ濡れのまま宴会に突入。
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私が辛い物が平気か心配そうに覗きに来てくれた人が何人もいた。
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川魚からグリーンチリのソースをのけてくれた人もいた。

この炒めものは辛かった。「Phet(辛い)」と言っても「Aroy(美味しい)」と言っても喜んでもらえた。その反応が嬉しくて私も知る限りの乏しい語彙を捻り出した。
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マレーシアやインドネシアでも、カタコトのバハサがどれだけその土地の人とのコミュニケーションを助けてくれたことだろうと思う。あの喜びがあったからどんどん単語を覚えていったんだと思う。今日の感動を忘れなければタイ語も頭に入ってくれるだろうか・・・。

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たっぷりご馳走になり、親戚宅を後にした。
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親戚でもない外国人を、親族の連れてきた人というだけでいとも簡単に受け入れてくれるこの空気感・・・私の好きな東南アジアにやっと会えた気がした。

帰宅して、濡れた服を乾かした。蚊に刺されないようにとお母さんの長ズボンを借りて外出。近くのワット・ターWat Thaというお寺に連れていってもらった。
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お寺への細道には電飾が続いていた。

お寺前の広場は夜店が立ち、日本の夏祭りを思い出させた。
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ラッキードローもあった。20バーツでくじが一つ貰える。
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自転車なんかを当てている人もいた。私たちは洗剤とかカップヌードルとか・・・。
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小さなお堂。
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Mちゃんのやり方に倣って線香に火をつけ、金箔を仏像に貼った。
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広場の奥には舞台が設置されていた。「リケー」というタイの伝統オペラが催されるとのことだった。
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8時半頃上演が始まった。

まずは前座、舞台俳優たちのお披露目。衣装は豪華だが手作り感いっぱいで日本でいう旅芸人の一座のようなものを思い出させた。
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俳優たちのピンと伸びた指先に、バリ舞踊を連想した。

舞台袖の演奏もガムランに似たような音色があって、やっぱりバリを連想させた。
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一座の子供が舞台の袖から出てきちゃったりした。
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日本と同様子役も頑張っていた。一座の誰かのお子さんなんだろう。
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舞台はアユタヤ王朝。王様がいて、王子たちがいて、善良な家臣がいて、腹黒い家臣がいて・・・。
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善良な家臣は陥れられ、泣く泣く妻子のもとを去る。
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この俳優さんは人気俳優さんなのか、おひねりをいっぱい貰っていた。軽く見積もっても3万バーツくらいはありそうだった。
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イジワルな女性役の女優さんに本気で怒っちゃうおじいちゃんが観客席から飛び出したりして、大いに沸いた。

中盤のインターバルコーナーでこんなぽっちゃりおネエさんキャラも出てきて会場を笑わせる辺りがタイっぽいなと思った。吉本新喜劇的なノリで・・・。
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3時間経ってもまだお話は中盤だというので帰ることにした。暗い夜にそこだけぼーっと光って賑やかな夏祭り広場の様子に、宮沢賢治の作品かと思うような幻想さがあった。
このアントーンに来た時から、バンコクでは絶対に感じることのなかった安らぎがあった。いつもトンローとアソークを行き来して家でも職場でも日本のスタンダードで生きている私にとって、この日はずっとファンタジーの世界に迷い込んだようなクラクラした心地良さを感じていたと思う。

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